住宅は商品なのだろうか?

来年4月から消費税が3%上がるのを見据えた様々な商品の売込みが激しい。

大型商品と呼ばれて久しい車や住宅もその商戦とやらに巻き込まれている印象が

あるが、ここいらの地方では寒さも相まってか?意外と静かなんである。

人口減を受け、ボンボンと家が建つ時代が過ぎてどちらかというと修繕や売電が

可能となった太陽光発電や水周りのオール電化商戦の方が賑やかかもしれない。

勿論、地域によっては建築も盛んで、知人が勤めるタマホームの売り上げを聞く

と何時も桁があまりに違うので笑ってしまう(苦笑いだけど ^^;)


あるWebニュースで、最近の若手建築家が設計する住宅の意匠が外国人には

理解しがたい・・・例えば外に開放されたガラス張りの壁面だったり、窓のない家

だったりする・・・。

メーカーによるマルチタイプの“量産型宅”と、“他人と異なる意匠”の住宅に席巻された

ようなこの社会の中で自身の設計スタンスを考える時、夫々に住まいとして家族の生活

や、騒々しいけれど愛情に溢れた毎日を容れる空間を作り上げる為に個としてのオリジ

ナリティーを注ぎ込みたい、世界で一つしかない家、という気持ちで取り組みたいと改

めて考えるのだ。

商品として、土地の購入→許可・設計・保険・保証→建築→登記→引越し→納税の

流れをほぼ完璧にフォローする能力を持ったメーカーハウスの利点は素晴らしく便利で

あって、しかし時にご家族のささやかな願いや、細やかで小さな変化を拾い上げるのは、

やはり個として対峙できるのは建築家なんであろうと、自身を励ます毎日である。

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質の高い商品、手の掛かった(混んだ)商品は高い費用が発生する。一生に一度有るか

ないか・・といった出来事はまさにその人やご家族の一生を左右するほどの意味を持ち、

(家が家族に)与える恩恵と被害との差はあまりにも大きい。そこに住宅が商品であって、

しかし商品ではない側面がある。

商品ならばクーリングオフがあり、取替えやキャンセルも可能だが、家はそうは行かない。

業者にとっては数十、数百あるうちの一つかもしれないが、クライアントにとっては一生に一度

のこと故に、メーカーであれ、建築士であれ、いつも襟を糾し、慎重で誠意を持った姿勢が

要求されるのは言うまでもない。目が曇り、儲かったか損したか・・・そこに目が行くようになると、

歯車がきしみだし、やがては廃業や訴訟の矛先にさらされることになりかねない。欠陥設計(工事)、

構造偽装、無許可、、すでに症状は出てしまっている・・・か。

翻って、互いに喜び合い、引渡し後も長いお付き合いが出来ているような関係の建築士や業者

もいる。その違いが何故生まれているのか? ということを、もう一度考えてみてはどうだろう?

モンスターペアレンツならぬ、モンスタークライアントに出くわさないように気をつけながら・・・。

喜び溢れた正の螺旋とののしりあう負の螺旋。

クライアントも建築士も業者も、その入り口に立つ時、どちらを選ぶかはそれぞれの気持ち

一つなのだという、心を映す鏡の前にまず立たされるているのだということを今一度思い返したい。

単純だけど自身の心を映す厳粛な鏡の前に。

気の小さい僕などは、互いの喜びあふれたお付き合いがいいなぁ・・・と願うのである(笑)




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